
健康住宅研究所
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伊香賀教授 断熱リフォームの効果<前編>

2025.04.04更新
『心地よさと健康をつくる、住まいのちから』〈暮らしを守る住環境編〉
💡はじめに
近年、「住まいの性能」、特に“断熱性”が私たちの健康にどんな影響を与えるのかに注目が集まっています。2025年4月から新築住宅には省エネ基準適合が義務化されますが、既存住宅の断熱改修は進んでいないのが現状です。
今回の健康住宅ラボでは、医学と建築の両面から研究を行う慶應義塾大学 名誉教授 伊香賀 俊治 氏(以下、伊香賀先生と表記します)が、「断熱して家中が暖かくなることで、快適かつ健康的に暮らせる」という事実を、興味深い研究結果と共にお話しいただいた内容についてご紹介させていただきます。
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2018年、WHOは住まいと健康に関するガイドラインで「冬季の室温18℃以上が健康維持に必要」という明確な基準が勧告され、日本でも室温と健康の関係について改めて注目されるようになりました。しかし、日本の住宅はお話しいただいた内容の基準を満たしていないのが現状です。
●北海道(寒冷地):平均19.8℃
●香川県(温暖地):13.1℃ → 温暖な地域ほど室温が低い傾向に
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伊香賀先生より、冬季超過死亡率 というデータを見せていただきました。これは、他の季節の月平均死亡者数と比べて、冬季の平均死亡者数がどれだけ増加しているかを表しています。
冬季超過死亡率は一番高かった栃木県は25%で、一番低かった北海道の10%と比較すると、その差はなんと1.5倍にもなります。また、その原因は心臓・脳・呼吸器の疾患が中心でした。寒さが厳しい地域ほど冬季超過死亡率が低く、温暖な地域ほど高いということがデータで読み取れます。
また、伊香賀先生によると、欧州でも同様の傾向が確認されているそうです。
【欧州の冬季超過死亡率】
低い国 TOP2:フィンランド(10%)・ドイツ(11%)
高い国 TOP2:ポルトガル(28%)・スペイン(23%)
その理由について伊香賀先生は、寒い地域では二重サッシや複層ガラスを取り入れるなど、断熱性に配慮した家が多いと語ります。一方で、比較的温かい地域では、断熱性能の重要さがあまり浸透しておらず、断熱性能の低い住宅に住んでいる場合が多いため、冬の時期に体調を崩しやすくなり、死亡率が高くなる傾向にあるということになります。それを実証するデータをご紹介いたします。
栃木県で複層ガラスや二重サッシが設置されている住宅の割合は23%程度です。一方、青森県や北海道などの寒冷地に行くほどこの割合は上がり、それに応じて超過死亡率は確実に減少しています。断熱された暖かい家では心疾患・脳血管疾患・呼吸器系疾患が起きにくくなり、死亡率が低くなっていることがわかります。日本でもようやく「高断熱の暖かい住まい=健康」という知識が浸透しつつありますが、既存住宅を断熱リフォームして健康的に暮らすという考えを持っている人は少ないです。高齢化が進む日本において、住宅断熱という予防を実施し健康寿命を一日でも長く延ばすことは重要です。 -
住宅の寒さが引き起こす日常生活における事故のリスクについても教えていただきました。 不慮の事故で亡くなられた方のグラフをご覧ください。 青が交通事故で亡くなられた方、赤がそれ以外の原因で亡くなられた方です。
交通事故の死亡者は年々減少傾向にありますが、家庭内の事故死は増加傾向にあります。
特に深刻なのは入浴中の事故で、2023年には自宅の風呂で溺れて亡くなるという痛ましい事故が、交通事故死の2倍にも上っているのです。
入浴中の意識障害を防ぐには、体温が38℃を超えないことが重要です。 伊香賀先生の研究では、42℃のお湯に10分浸かると体温が急上昇し、意識がぼんやりしてしまう、いわゆる熱中症になる危険性があることが分かっています。 では、なぜ人は熱いお湯に長く浸かってしまうのでしょうか?
その理由のひとつが「住宅の寒さ」です。断熱性が低く、居間や脱衣所が冷えていると、冷えた体を温めようとつい長風呂に。ですが、それが思わぬ事故につながっているのです。居間や脱衣所が寒いと、熱い湯船で体を温めようとする人は少なくありません。でも実は、そこに隠れたリスクがあることを忘れてはいけません。
また、転倒・転落死にご注目いただきたいのですが、転倒・転落死のうち、段差がほとんどない「同一平面」で亡くなっている人だけで交通事故死者数に匹敵している事がわかります。
伊香賀先生は、転倒がお家の断熱と関係していることをデータでご紹介してくれました。 お家の断熱リフォームを行う前と後で比較した実験です↓
注意してみていただきたいのが、お部屋の温度ではなく、お部屋の足元に近い温度が18℃以上か未満かで分けているところです。
足元近くの温度が18℃未満の住宅では2倍以上も転倒していることが分かります。
断熱しなくても暖房をガンガンに付ければ良いとお考えの方も多いかもしれませんが、足元近くの温度は暖房ではなかなか上がりません。断熱リフォームをすることで、床付近を含めた空間全体をむらなく暖めることができるのです。 -
年々増加している熱中症による救急搬送も見過ごすことはできません。
2024年度は熱中症により救急搬送された方が全国で97,578人に上りました。そのうちの38%は住宅内にいて熱中症を発症したそうです。断熱性能の高いお家は、エアコンを強運転しなくて良い場合が多く、経済的で健康的です。また、断熱性能が低い家に比べて、エアコンをつけなくても快適に過ごせることも多いので、酷暑対策として非常に有効です。
また、災害が起きたとき、住まいのあたたかさや快適さは、思っている以上に大切な意味を持ちます。東日本大震災では、避難所の寒さや温度管理の不備が原因で、体調を崩し、そのまま命を落とされた方が少なくありません。その数は、地震や津波の被害で命を落とされた方の約4割にものぼるとも言われています。能登半島地震では、避難生活中の過酷な環境で命を落とされた「災害関連死」が多く報告されました。 その数は、地震による直接的な被害よりも多く、1.2倍にのぼったとされています。特に、心臓や脳、呼吸器の不調によるケースが多く、住まいがもたらす「安心」と「健康」の力が、どれほど大きいかを私たちに教えてくれます。
日本は地震や台風など災害がたくさん起こる国ですが、「避難生活を健康的に過ごせるよう工夫しなくてはいけない」というところへの意識が低いように感じます。耐震性能と断熱性能が良いお家に住んで、災害発生時も災害後も命を守ることが大切です。
お話しいただいた方

慶應義塾大学 名誉教授 伊香賀 俊治 氏
温暖地の方が危ない!?室温と健康の深い関係
📊衝撃のデータ:温暖な地域ほど冬季超過死亡率が高い
🛁住宅内事故は交通事故の約2倍!?特に入浴時が危険
☀️夏と災害時も危険!室内での熱中症や避難所の寒さ
対談を終えて
🧩まとめ:健康を守るカギは「断熱」にあり
伊香賀先生のお話から、室温のコントロールは、冬の浴室・浴槽での事故、夏の熱中症、災害時の災害関連死を防ぐ重要なカギであることがよく理解できました。特に、福岡や九州は温暖な地域だからと油断せず、断熱性能の向上が必要です。健康な暮らしを送るために、住宅の断熱改修が強く求められています。
🔜次回予告(後編へ)
「あたたかい家」で変わるのは、心地よさだけじゃない——
次回の【後編】では、血圧や風邪、PMS、要介護まで、住まいが“からだ”にできることについて医学的エビデンスをもとにご紹介します。